44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。

内視鏡検査までやってはじめて原因不明の腹痛の正体が大腸癌だったと判明した【がん闘病記01】

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2016年の5月下旬ごろに書いたメモをまとめています。

大腸癌と診断された

僕の名前はヨシノ(仮名)。

どこにでもいるしがない44歳の独身男性。(2016年時点)

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2016年5月下旬の今日、癌と診断された。

大腸癌だった。

今思えば割とあっさりめな告知だったように思う。

今はみんなそんな感じなのかな。 

癌。

誰もが知っている大変な病気。

ひと昔前なら死刑宣告にも等しい病気。

近年、医学の進歩によって「不治の病」とまでは言われなくなったとはいえ、日本人の死因の上位に位置していることは間違いない病気。

そんな病気である癌だと今日、診断された。

 

病院を出た今、その現実はまだ自分のものではないような気がしていた。

まるで目覚めたばかりのときに感じるさっきまで見ていた夢のような、そんな受け止め方をしていた。

原因不明の腹痛が大腸癌によるものだと診断されるまで

そういえばここ何か月前から下腹部あたりからくる原因不明の腹痛に悩まされ続けていた。 

その痛みの特徴として

  • 常に続いているワケではない。
  • 特に朝方になると痛みがひどくなる。
  • きゅうーっとさしこむというか締め付けるような痛み。
  • 場所としては下腹部あたり。
  • 一定時間続いた後しだいに治まっていき、しばらくしてまた痛くなるという痛さの波のようなものがある。

といったものが挙げられる。 

朝方に痛みがひどくなる理由として、朝は腸の動きが活発になるのでそれに連動して痛みがひどくなっていたのだろうか。

自宅のトイレがシャワートイレだったので気づきにくかったが、血便も出ていたようだった。

 

痛みに耐えきれず、真夜中の救急外来へ

そして時間はさかのぼって今から3~4ヵ月くらい前のこと。

夜中にちょっと耐えられないほどの腹痛があった。

救急車を呼ぼうか迷ったが、119番にダイヤルし救急で対応できる病院を教えてもらって自分で車を運転して病院まで向かった。

救急外来でCTの検査をしてもらったが、その時はハッキリとした病名や腹痛の原因は判明しなかった。

今思えば通常であればCTの検査を受ける前はその数時間前から食事してはいけないけど、その日は夕飯をお腹いっぱい食べていたので胃や腸に内容物がたくさんのこっていて分かりにくかったのかもしれない。

正規の検査時のようにある程度の絶食期間のあとで検査すればもしかしたらもっと早めに分かっていたのかな?と今になって思う。

 

その後も内科消化器科に行ったりもしたがウイルス性の腸炎だとか憩室症(けいしつしょう・大腸のヘルニアのようなもの)とかそんな診断結果がでて、いまいちハッキリとはせず、頓服など飲んで痛みをごまかす毎日だった。

 

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そんな状態が数か月続いたが、トイレ(大)のときにトイレットペーパーに血が付くことが多かったので、これは「ぢ」だと思い近所の肛門科のある外科病院で診察を受けた。

 

触診をした医師が

「この血は『ぢ』じゃないよ」

と言い、大腸の内視鏡検査をすることになった。

そのときの内視鏡検査によって初めて癌ということが発覚した。

 

初めての内視鏡検査

内視鏡検査に入る前の準備として前日から低残渣(ていざんさ)の食事をする必要がある。(低残渣の食事とは食物繊維を抑えて胃腸の負担を減らした食事のことらしく、専用のお粥セットのようなものがある)

そして検査開始数時間前から大量の下剤を飲んで胃や腸の中を空っぽにしておかないといけない。

 

この下剤がとにかく不味い。

基本的にはスポーツドリンクのような味だけど、それに塩味と苦みを足したような味。

そんな不味い下剤を数時間かけて1リットル以上飲まされて、とにかく便を出して胃や腸を空っぽにする。

それが終わると検査台の上で横向きに寝かせられ、ひざを曲げた状態からジェル状のものをお尻の穴付近に塗りたくられて黒いホースのようなものの先についたカメラをお尻の穴に入れられる。

 

検査を開始して内視鏡カメラがお尻から入ってくると、すぐに粗相をしてしまいそうな嫌な感覚が全身を駆け抜け、変な汗が出てくるのが分かる。

 

「うう…さっきしこたま下剤を飲んだってのにこんな異物を入れられたんじゃ我慢なんてできない。出そう…気持ち悪い…」

「この気持ち悪さをどうにかして気持ちいい方向に転換できないものか…そうだ!今、僕のお尻のあたりでごにょごよやっているのは石原さとみだと思えばいいんだ!石原さとみだ…石原さとみだ…石原さとみだ…いしは…」

と、頭の中で繰り返し念じては見たものの視界に入るのはメガネをかけてる痩せた年配のおじいさん医師。

なんとか粗相はしなかったものの、僕のもくろみは泡と消えた…

 

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そのおじいさん医師は検査を行いながら

 

「うーん、何かデキモノのようなものがあるねえ…」

 

と、検査中は一応オブラートにくるんで終始にごした感じのことを言っていたが、検査終了後の結果を伝える問診の時に簡略化した大腸や小腸の図解を用いて患部の場所を説明する用紙に腫瘍のタイプの項目で「進行癌」のところに赤ペンでそれとなく丸をしてあるのが目に入ってしまった。

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事態は深刻そうだったので恐る恐るおじいさん医師に聞いてみた。

 

「あの…、これって癌ですか?」

 

「う~ん…癌、だろうね…私らはⅡ型と言ってるが…」

 

と、以外とあっさり告知してくれた。

 

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僕の中の癌告知のイメージ

僕の中での「癌告知」のイメージとしては昔ドラマで見たような感じで…

 

<ここから僕の勝手なイメージ>

患者「先生!本当のことを言ってください!私の病気は癌なんでしょう?」

 

医師「ただの胃潰瘍ですから…薬飲んで消化のいいものを食べておけば大丈夫ですから…」

 

患者「うそだっ!お願いですから本当のことを…本当のことを言ってください!!!」

 

医師「あなたも疑り深いですねえ…いいですか、あなたはただの胃潰瘍で薬を飲んで消化のいいものを食べて安静にしていればじきと良くなりますから…」

 

患者「信じない!俺は信じないぞ!」

<イメージ終わり>

 

みたいな感じでなかなか本人には教えないというイメージだったから、なんだか拍子抜けしてしまった。

最近の癌告知はこんなあっさりとしたものなのかな。

 

癌だと分かってがっかりする 

医師の説明によると、癌がある場所は大腸の下の方で肛門に近い最後のS字カーブの部分に出来ているという。

医師からは市内の総合病院の外科へ紹介状を書いてもらって、そこでくわしい検査や手術をするように薦められ、その日は病院をあとにした。

帰り際、看護師さんから 

「ショックでしょうけどあまり気を落とさないようにしてくださいね」

と声をかけられた。

逆にこういうことを言われると事の重大さが客観的に感じられてなんだかよりいっそう怖くなってしまってしまう。 

病院を出た今、癌であるという現実はまだ自分のものではないような気持ちでいたが、時間の経過とともにその事実がじわじわと自分の身体に少しづつ浸透していくような感じだった。

検査を受ける前は今までの腹痛の痛さの感じから

「もしかしたら…?」

とは思っていたが、いざ癌と診断されるとやっぱりショックは大きい。

とはいえ今現在のショックの度合いとしては正直なところ目の前が真っ暗だとか真っ白になるとか、途方もない絶望感にさらされる、なんてことはなく

「あーあ…なんだやっぱりかぁ…」

と、どちらかというとがっかりした感じの心境だった。

 

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検査後のおじいさん医師とのやりとりで

「手術の必要があるけど人工肛門になるほどではない」

とかそのようなことを聞いていたので、そういう点を考慮して少し楽観的にとらえることができていたのかもしれない。

 

一応、内視鏡検査を受ける前はさまざまなケースを想定していた。(上から下にいくにつれて事態は悪くなっていく)

  • 症状は軽く内服薬を何度か服用することで回復するケース(最良)
  • 症状は少し深刻だが内視鏡で処置ができる程度のケース
  • 癌ではないが入院が必要なケース
  • 癌であるが早期発見なので簡単な手術で回復できるケース
  • 癌であるうえに既に進行が進んでいて手が付けられないケース(最悪)

 

今回は最悪の方に近いケースだと思う。

多少は楽観的に捉えられているとはいえ怖いのは怖いし、ある程度は動揺し混乱もしている。

 

癌といえば死亡率の高い病気。

今までまるで意識していなかった「死」という存在が、その出来事が自分のすぐ斜め後ろに突然現れて、そこからそよいでくる冷たい空気がじんわりと僕の背骨を冷やすようなそんな恐ろしさをその時はなんとなく感じていた。

 

「死」というものが初めて質量をもち始めた

癌が発覚する以前の僕は普段の何気ない会話の中で癌の話題が出る度にこんなことを言っていた。

「僕らくらいの若さで癌が見つかったら、そん時はもう命はないだろうね。若いと進行も早いだろうから(笑」と、そんな軽口をたたいていたものだ。

それが今まさに自分の身に降りかかってくるとは…本当に笑えない。

「この病気で自分は病死するかもしれない、もし自分が死んだら…」

その問いがリアルな質量を持って僕自身に覆いかぶさってくる。

 

もし自分が癌で病死したら…? 

「生命保険の保険証券の場所を母さんに教えておかなくちゃ。タンスに隠してある現金の場所もだ。あと通帳と印鑑の場所と暗証番号もだった」

「今のうちに捨てておいたほうがいいものを捨てなきゃ。父さんが事故で死んでまだ数か月しか経ってないのに僕まで死んでしまったらなんだか立て続けだな…」

とか。

 

そんな考えがマーブル模様のようにうねりながら浮かんでは消え浮かんでは消えして頭の中を流れていく。

一人でいろいろと考えていると、どうしてもネガティブなことばかり考えてしまう。

これはいけない。

少し落ち着いて冷静になって考えてみよう。

客観的に自分に問いかけてみよう。

 

  • この癌によって最悪の場合、僕が病死するようなことがあっても他の誰かを恨んだりする必要はあるか?

「ない」

 

  • 他の誰かに対して怒りを感じたり、自分の境遇を呪ったりする必要があるのか?

「ない」

 

  • 自分の身に起こりうることすべてが自分の責任であり、すべて受け止めることができるか?

「わからない。けど、そうあるべきだとは思う」

 

こういうことを自問自答して書き出すことで少しづつではあるが冷静さを取り戻せたような気がする。

冷静になって考えてみると「死」というものがこれほどまでに恐ろしいものであるとは思わなかった。

これほどまでにパワフルなものだとは思わなかった。

すぐ斜め後ろに現れるだけで人のあり方を簡単に変えてしまうものだとは思わなかった。

これほど「生」というものをありありと際立たせるものだとは思わなかった。

 

病院から帰って家族に癌であることを伝える

病院から帰ってきて、玄関に向かう途中で塀越しに庭先にいる母の姿を見つけ、少し離れた場所から見る。

曲がりかけの腰を抑えながら洗濯物を干してる母の姿を見て少し泣きそうになる。

夜、気分転換の散歩から帰ってきたときに玄関に灯る明かりを見る。

僕を迎え入れてくれるそのあたたかい灯にまた泣きそうになる。

 

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このような感情は今まで通りのんべんだらりと普通に生きていたら決して味わえない感情だと思う。

「癌と診断された現実」が僕のところに持ってきてくれた特別な感情に他ならない。

感謝すべきなんだと思う。

湧き上がってくる愛情も他者に対する感謝の念も「癌と診断された現実」が僕に与えてくれたものに他ならないのだから。

こんなことを言うとわざとらしく聞こえるだろうか。

「癌」が怖くないって言えば嘘になるし、今はまだ怖くてたまらないのだけど。

 

今現在僕の親族は母と弟と妹が一人づつ。

父は今年の初めに事故で急逝してしまった。

弟と妹は既に結婚して家を出ているので僕は母と二人で実家で暮らしている。

僕は今まで仕事で埼玉、神奈川、山形、東京など転々と移り住んできたけど今は実家のある山口県に落ち着いている。

そして普段なら母と二人で暮らしているけど、今は4月に第一子を出産したばかりの妹が産前産後の里帰りで家に戻ってきている。

 

病院から戻った後、夕食のときにそれとなく母と妹に大腸癌が発覚したことを伝えた。

「えっ?進行度は?転移は?」

と、心配そうにそれらのことを聞いてくる2人にまだ現時点では癌の進行度や他の臓器への転移などは分からないので後日総合病院で詳しく検査してみるまでは何とも言えないと、動揺してないようになるべく淡々と伝えた。

弟には電話で伝え、しばらく仕事も休むことにした。

 

とてもじゃないけど気持ちの整理はつかない 

これからどうなるかは分からない。

総合病院での検査の結果が出てから慌てるなり、安心するなりしたらいいと思う。

自分の状態がどういう状態なのかハッキリ分かっていないのに右往左往してもしょうがないと、理性的には考えるが心情的にはそうもいかないのが困ったところだ。

身の引き締まるような思いで背筋が伸びるのか、怖くて恐ろしくて背中を丸めたくなるのか、それすらも分からない。 

どっちつかず感情のまま、テレビもつけずに夜の静かな部屋の中でただ一人机に座って物思いにふけるだけだった。