44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。48歳になりました。

大腸癌手術から11日目で身体から全ての管が外された【がん闘病記16】

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2016年の6月中旬ごろに書いたメモをまとめています。

手術後11日経過。全粥とサンデーブルー

2016年6月。

さて、今日から食事はいよいよ全粥になった。朝のメニューは

  • 全粥
  • みそ汁
  • 栄養豆腐
  • 梅干し
  • 牛乳

となっている。

全粥をひとくち。うーん、五分粥と大差ないような…違いがあるとすれば水分が少なめでデンプンの粘度が少し高い気がする。

重湯から五分粥になった時ほどの感動はなかった。

いたって普通。といった感じ。

他のメニューも特筆すべきことはない。

ただの病院食に無理やり感動してみようとしても、ちょっと無理がある。 

手術後にずっと絶食していて久しぶりに固形物を口に入れたときは少なからず感動したものだが、すっかり慣れてしまった今ではいつもの食事と大差ない。

「喉もと過ぎればなんとやら…」

とはよく言うが、慣れと同時に厚かましい部分がすかさず顔をのぞかせてくるから始末に負えない。

日曜日の憂鬱

今は日曜日の午前中、10時を少し回ったところ。

この時間帯にテレビをつけるとどのチャンネルでも

「ああ、日曜の朝だなあ」って感じの番組をやっている。

その手の番組を見てると少し気分が落ち込んでいることに気づいた。 

落ち込んでいると言ってもほんのちょっと。

普段なら気にも留めない程度のもの。

それはテレビ番組の内容に反応しているんじゃなくて、

「せっかくの日曜日にどこにも出かけず、出かける予定もなく、一人病室でテレビを見ている」

という現実をまざまざと見せつけられている気がするからなのだと思った。

心の奥底で寂しく膝を抱えて小さくなって座ってる自分がいることに気づく。

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午後にやってるゴルフ中継や競馬中継なんかはもっとひどい。

時間帯は午後3時か4時くらいだからその頃になるとすべてが手遅れのような気持ちになってしまう。

もう、日曜日が半分以上過ぎてしまった、これから新たに行動を起こすにはもう遅すぎると感じ、せっかくの休日、せっかくの時間を無駄に過ごしてしまったという罪悪感だけが残る。

日曜午後6時のあきらめモード

そして夕方。

サザエさんが始まる頃にはもうすっかりあきらめモードになっている。

何もせず、何ひとつ建設的なことを成しえないまま日曜日が終わろうとしている。

もうすべてが手遅れのような諦めの気持ちになっている。

少しだけブルーになるのはそういうところからなのかもしれない。

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最後の枷と過去との決別

時刻は少し戻って、昼食が始まる少し前。

看護師さんが病室に来て点滴を外してくれた。

食事も全粥になってほぼ普通に食事が出来るようになったので点滴は終了するとのこと。 

ああ、やっと最後の枷が外された。

これでもう点滴台をガラガラ押して歩く必要もない。

試しに廊下を歩いてみる。

両腕が触れる、自由だ。

僕は解き放たれた。

心なしか足どりも軽い。

 

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それからしばらく経った午後3時ごろ、弟一家がふたたびお見舞いにやってきてくれた。

ちょうどいい機会だ。

以前から弟には伝えようと思っていたことをこの際だから言ってしまおうと思って、奥さんと子供たちみんなには席を外してもらって弟と2人だけで話をすることにした。 

仕事はやめることにした

癌が発覚して入院手術をする前は僕は弟と一緒に塗装の仕事をしていた。

以前僕が勤めていた会社が倒産したタイミングと弟が勤めていた塗装店から独立したタイミングが一緒だったので未経験ながら弟の独立を手伝うかたちで一緒に塗装の仕事をしていた。

癌が発覚して、「自分の人生を生きたい」と思うようになり、弟には今の仕事を辞めようと思っていることを告げなければとずっと思っていた。

今がその時だと思った。

 

 僕「これは手術する前から決めてたことなんだけど、もう今の仕事はやめようと思ってる」

多少言いづらい気持ちはあったが意を決して率直に弟に告げた。

 

弟「うん、多分そうじゃないかなとは思ってたよ。それでいいんじゃないかな」

静かに納得するようにこう言ってくれた。

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僕「この先どれだけ生きられるか分からないけど、これからは自分のために人生を使いたいんだ、今までは何かひとつ腑に落ちないような感じで仕事をしてたけどそういうのはもう、辞めにしたい」

今の僕の正直な気持ちだった。 

 

弟「そういう部分は俺も感じてたよ、でもこれは仕事でお金が発生することだからね。納得いかないこともあるだろうけど…」

 

僕「急な話ですまないと思う。でも、こういうことはなるべく早く言っておいた方がいいと思って。また新たに人雇っても仕事覚えてもらうまで時間かかるだろうし」

 

弟「それはまあいいとして、しっかり自分のやりたいこと見据えてやらないと家に引き篭もってニート状態になってしまうよ」

 

僕「そんな中途半端な覚悟で言ってない!今まで通りなあなあで生きて行くならこんな事は言ってないんだ!」

 

少しだけ声を荒げてしまったが、自分の命がかかっている。

もう長くはないかもしれない自分の命を自分の納得いかない方法で使うようなことはしたくないというのは心からのことだった。

 

弟「そう、ならいいんだ。じゃあ、みんなを呼んでくるね」

 

その後は弟の家族みんなと談笑して和やかに過ごし、弟一家は帰っていった。

さて、これでもう退路は断たれた。

本当の意味での過去との決別ができたように思う。

あとどれだけ生きられるかは分からないけど、前に進むしかない。

 

意外と減らない体重

夕方ごろ。「今日は体重測定の日ですよー」と看護師さんがデジタル式体重計を持ってきた。f:id:yo_kmr:20180715165922j:plain

「多分、かなり体重は減ってるんじゃないかな?」そう思いつつ、静かに体重計の上に乗る。

71.4キロ。

看護師さんは記録用紙に書き込むとそそくさと体重計をもって部屋を出て行った。 

あれ?ぜんっぜん体重減ってない。なんで? 

入院時に計った時は74.7キロ。しかしこの時は財布やら携帯やらポケットに入っていたし、服装もジーンズとかだったからだいたい2キロ位差し引いて素の体重は72.7キロくらいになると思う。

今の服装は病院着だけだからたいした重さはないので実質1.3キロ減といったところか。

 1.3キロ減ってるじゃん。と思われるだろうが、手術前日の昼に卵サンド一切れ食べたのを最後に手術後一週間は点滴のみで絶食。

一週間後からは流動食を2日。

その後五分粥を2日。

そして今日から全粥になった。

流動食の時のメニューからして大したカロリーでもないと思うが、一週間絶食した割には痩せてない。自分としては5キロくらいはごっそり痩せてると思ってた。

点滴は意外と高カロリー?

これは勝手に想像していたことだが、今後退院してから久しぶりに会った人から、

「なんか痩せたねー」なんてことを言われた時、

「ええ、最近ダイエットしまして。大腸癌ダイエット」

って自虐的ギャグを言おうと思ってたのに…

そして、おそらくドン引いてる相手に対して追い打ちで、

「大腸を20センチほど取りましたんで、その分はリバウンドの心配も無いんですよー」なんて言おうと思ってたのに…

そんな目論見も絵空事になってしまった。

点滴って以外と高カロリーなんだな、と実感した。

 

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先生にカロリーオフの点滴にしてくださいって言っておけばよかった。

もしくはカロリー抑え目の点滴ライトに。

まあ、点滴ライトなるものがあるかどうかは定かではないけれど…