44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。48歳になりました。

告知前は審判を下される被告人のような気持ちになる【がん闘病記17】

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2016年の6月下旬ごろに書いたメモをまとめています。

大腸癌手術から12日経過。同室のおじいさんの吹き戻し

2016年6月。朝。
昨日から全粥に変更された朝食も食べ終わって病室でのんびりしていると、通路側の隣のベッド(僕が今居るのは4人部屋)から入院患者である推定80過ぎのおじいさんが吹き戻しを吹く音がカーテン越しに聞こえてきた。 

吹き戻し。

よく小さな子供が遊ぶおもちゃで息を吹き込むと丸まっていた紙の筒が伸びては戻るというものだ。 f:id:yo_kmr:20180715174823j:plain

ピー、ヒョロロロロ…

何度も何度もその懐かしい音が病室内に響き渡る。

一見、80過ぎのおじいさんが昔を懐かしんで遊んでいるんだろうな、と思われるかもしれないが、この遊びの本当の意味を僕は知っている。

吹き戻しの意味

これは一週間くらい前におじいさんを担当しているリハビリの先生が

「腹筋を鍛えるのにいいですよ」って持ってきてくれたものだ。

僕とこのおじいさんとは別に話をしたこともないし、カーテンが開いているときにちらっとしか見たことがないので詳細を把握してるわけではないけど、おじいさんは今現在かなり体力が落ちてきているらしく、なるべく太るように筋肉をつけるようにと専門のリハビリの先生が付いて指導をしているみたいだ。

このおじいさんに限らず、同室の患者さんの容態などは大体想像がつく。

なぜならそんなに広くはなく、カーテンしか仕切りのない病室では患者さんと医師や看護師さんとのやりとりが聞くともなしに聞こえてくるからだ。

吹き戻しを渡されて最初の頃はおじいさんが何度か吹いてる音を聞いたけど、ここ2~3日は全く聞いてない。

というのもおじいさんの容態があまりよろしくないらしく、痛みを訴えたり口から血が出たりでせっかく再開された食事も中止されて、また点滴だけに戻っていた状況だったからそれどころではなかったらしい。(これもカーテン越しだけど看護師さんとの会話などでおおよその察しがつく)


そんな中で久しぶりにおじいさんの吹き戻しの音を聞いた。
ピー、ヒョロロロロ…

本来なら楽しいはずの音なのに、なぜか悲しい音色のように聞こえた。

弱弱しい音。

でも弱弱しいながらもなんだか必死さがその後ろに見え隠れする。

それはもっと生きたい。もっと生きたい。とおじいさんが言ってるようで、僕はカーテン越しにその音を聞いていてなんだか切なくなった。 

ピー、ヒョロロロロ… 

何度も何度も吹き戻しの音は4人部屋の病室内にこだまする。

誰もうるさいだとか言ったりしないし、気分を害してる様子もない。

両耳をイヤホンで塞いでテレビの音を聞いていれば気にならないのかもしれない。

でも僕には同室の入院患者みんながおじいさんを暖かく見守っているようにも思えた。 

ピー、ヒョロロロロ…

いつしか僕もその音色にあわせてがんばれがんばれと心の中でつぶやいていた。 

その後もしばらくは吹き戻しの音は病室内に鳴り響いていた。

がんばれおじいさん。

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舞い客に求められるデリカシー

話は変わるが、見舞い客。特に身内の見舞い客っていうのはどうもデリカシーがなくていけない。

たまたま自分が今現在健康でいるからって患者に対して上から目線であーしろ、こーしろと、ごちゃごちゃ言ってくる。


「ご飯残さず食べなさいよ!」

「少しは自分で動いてみないとね!」

「病院食以外飲んだり食べたりしてはダメよ?」

「昼寝ばかりしてると夜眠れなくなるよ!」

とかなんとか。

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僕には見舞客はめったに来ないほうなのでそのようなことを言われることはあまり無いのだけど、そういう会話が病室(4人部屋)のあちこちから聞こえてくる。

患者の身体を思ってのこと、心配してのことだというのは分かってる。

ありがたいことだと思う。

言っている当人に医師もしくは医療関係の資格なり知識なり経験があり、それに基づいておっしゃってるんなら素直に従うべきであり、それは理にかなったアドバイスとしてお受けすべきだと思う。

しかし、医学的知識も経験も無しに当てずっぽうで言っているなら、もしかしてそれは実に的外れで素っ頓狂なアドバイスである可能性も否定はできない。

心配するあまりにいろいろ言いたくなる気持ちも分かるけど、痛かったり苦しかったりするのは患者本人なのでなるべくやさしく接していただきたいと思う。

誰しも自分が好きで入院しているわけではない。(中には違う人もいるのかもしれないけど)

そればかりか痛くて苦しいことが多い上に小言ばかり言われては治るものも直らないのではないかなと思ったりもする。

静かに見守るということは割と難しいことなのかもしれないけど。

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とはいうものの、逆に患者の方がわがまま放題、やりたい放題なんてこともある。

いい大人のなのに医師や看護師などの指示に従わず我を通したり、かいがいしく世話をしている奥さんなんかにあたりちらしたりする入院患者もいる。

そういう人の根底には「被害者の意識」というものがあるのではないかと思う。

病気をしている自分はかわいそうな被害者。

自分は被害者なのにも関わらず、なぜこんな扱いを受けなくてはならないのか?と。 

そんな意識が少なからずあるのではないかと思う。

被害者も加害者もいないのに。

 

告知前

お昼前、11時頃だったか担当医のウエノ先生が日勤の看護師さんと病室にやってきた。

僕の現在の病状のことと、今後の治療プランについての話をするので僕がいる病室から数メートル離れた面談室でこれから話をしましょうとのことだった。 

「ああ、ついにこの時がきたのか…」 

わざわざ病室を離れて面談室という閉ざされた個室で話をするということはその内容はかなり重要な話だろうし、プライバシーに深く関わってくる問題なのであろうことは容易に想像がつく。

裁判で審判を下される被告人のような気持ちで先生と付き添いの日勤の看護師さんと3人で面談室に向かった。

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これから下される判決はどういったものなのか?

病状も酷く、余命宣告もされるという実質的には「死刑判決」なのか。

それとも今後ながらく癌とつきあっていかなくてはならない、もしくは死ぬまで癌と付き合っていかなければならない「無期懲役」なのか。

もしくは大逆転で今後少しの治療で以前のような健康な身体にもどれる「無罪放免」なのか。 

おそらく数分後には答えは出ているんだろうけど、この時の僕の気持ちとしては恐ろしくてたまらなかった。

内臓全体が急激に冷やされていくような寒さ、恐ろしさ。

歩いてはいるものの地に足がついていないような、フワフワした感じ。

そんな感覚のまま、先生たちと面談室に入っていった。