44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。

移り変わり揺れ動いていく恐れと不安【がん闘病記23】

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2016年の6月下旬ごろに書いたメモをまとめています。

回り続ける言葉

2016年6月。

朝6時前に目が覚める。

相変わらず気持ちとしては落ち込んだままだが、落ち込み具合としては少しマシになってきている気がする。

ここ2~3日を振り返ってみると「気分の落ち込み」や「恐れ」や「不安」の性質が少しづつ変化してきているように思える。

がん進行度ステージ4の告知を受けた直後

まず、ステージ4の告知を受けた直後。

この時はまだ状況を理性的に理解しただけで心の底からその事実を受け入れたわけではなく、混乱しつつもその状況を受け入れようとしていた状態だった。

なので「気分の落ち込み」としては落ち始めのころでまだ少しは余裕がある。

 

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実際のところ僕自身も告知を受けた直後にお見舞いに来てくれた友人には割と軽い気持ちで自分の状況を話していたと思う。

その後、混乱が収まってくると担当医のウエノ先生から面談室で聞いた言葉が頭の中をぐるぐる回りだして落ち込みが加速していく。

面談室での先生とのやり取りを何度も回想する

<以下、面談室でのやりとりの回想>

先生「癌の進行度としては1、2、3、の4番目、T4です」

僕「はい…(え?それって一番ひどい状態ってことですか? )」

先生「癌の動きを抑えてなるべく永い間元気で過ごしてもらうためにですね…」

僕「…(なるべくってことはそう遠くない未来、僕は死んでしまうってこと? )」

先生「…外科的手術には限界があり、申し訳なく思ってます…」

僕「いえ…(そんな…失敗みたいに言わないでください…)」

 <回想おわり>

 

落ち込みのピーク

これらのことを繰り返し繰り返し頭の中で反芻してしまうことにより、自分の命が残りわずかだということを自覚する。

そうなると落ち込みはピークになり頭の中は「死の恐怖」で真っ黒に塗りつぶされ、それに伴って悲しみや寂しさが至る所からにじみ出る。

 

僕はステージ4の癌患者だ。

僕はもうすぐ癌で死ぬかもしれない。

いやだ、死にたくない!

僕はもうすぐ癌で死ぬかもしれない。

いやだ、死にたくない!

僕はもうすぐ癌で死ぬかもしれない。

いやだ、死にたくない!

 

こんな自問自答を何度も何度も心の中で繰り返す。

 

怖い

悲しい

寂しい

怖い

そんな感情が竜巻のように心の中で渦巻いて暴れまわり、ただもみくちゃにされる。

 

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僕は完全に「死の恐怖」に屈服していた。

 

その黒く大きな手で頭を鷲づかみにされ、地面に叩きつけられ抑え込まれるような感覚。

 

獰猛な肉食獣につかまり捕食される寸前の弱弱しい草食動物のように。

 

 

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以前の僕。

癌が発覚する前の僕は医療ドラマなんかで主人公が同じように癌告知され、絶望的な状況になったシーンを見て、

「僕だったら死の恐怖に立ち向かって見せる。強い精神力で自分を保って見せる!」

なんて息巻いてたものだが、ぜんぜんそんなことは無かった。

僕はまったくなすすべもなく、簡単にその恐怖に屈服してしまった。

死の恐怖に対する過小評価と自分に対する過大評価を思い知らされた。

 

恐れの変遷

癌進行度ステージ4の告知を受けて最初の1日から2日くらいは恐れや不安は「自らの死」からくるものだった。

それは自分の存在の根底に関わるものなので、恐れや不安の強さとしては最も強いものだと思う。

お金が無くなる恐怖より、仕事や社会的地位や権限がなくなる不安より、ずっとずっと強力なものなのだと思う。

これまでは「もっともっと長い時間を健康に生きる自分」、それこそ「永遠と思えるくらい長い時間を生きる自分」という幻想の中に生きていた。

その時間が一気に短くなった。

振れ幅が大きい分ショックも大きかったということなのだろう。

恐怖にさらされる時期

がん進行度ステージ4の告知の翌日から2日くらいにかけてが精神的には最もこの「死の恐怖」にさらされ、つらい時期だった。 

崖っぷち。 

まるで落っこちたら命はない谷底を臨む崖っぷちに立たされているような、

もしくは

何千本もの刃の切っ先が自分のすんでの目の前まで迫ってきているような、

そんな感覚だった。

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こんな感情をこの先ずっと味わい続けなくてないけないのならステージ4の告知なんて聞かなければよかったと思ったくらいにヒリヒリと焼かれるようにつらかった。

かろうじての生存からくる不安

でも、その状況もあまり長くは続かないらしい。

「死の恐怖」という強い不安が心の中心に居座り続けるのが難しいのか、 僕の精神が「死の恐怖」に慣れたのか、耐性が付いたのか、飽きたのか。

それとも「あきらめ」の心境に変わっていったのかは分からないが、昨日ほど精神的につらいとも思わなくなった。 (まったく楽になって能天気に笑えるようになったってわけでもないが)

しかし、「死の恐怖」からくる不安が過ぎ去ると、その後ろには次の不安が待ち構えていた。 

それは「かろうじての生存」からくる不安だ。

抗がん剤治療が長引いて治療費が足りなくなったらどうしよう…

ボロボロの状態でかろうじて命だけがある状態が何年も続いたらどうしよう…

万が一、生きながらえたとしても社会復帰できるのだろうか?

万が一、生きながらえたとしても余命幾許(よめいいくばく)もない男を誰が愛してくれるのだろうか?

万が一、生きながらえたとしてずっと死の恐怖におびえながら暮らしていかないといけないのか?

 

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「死の恐怖」ほどではないがこれらの不安がやはり気持ちを落ち込ませてしまう。

救いを求めるのは身勝手だろうか?

救いを求めるのは厚かましいことなのだろうか?

僕は元気で気力が充実していたときの僕をもう一度体験したい、また味わってみたいと思う。

 

ただひたすらにそう願う。

 

恐れの正体はもしかしたら…

話はガラっと変わるうえに汚い話になるけど、今日トイレに行くと久しぶりにまともな大便がでた。

手術後初めてではないかと思うので実に2週間以上ぶりになる。

なんだか気分も晴れやかだ。

昨日までの重苦しい気分って、もしかして便秘が原因だったのか?

僕は生まれてこのかた便秘なるものになったことがないので便秘がどういうものか分からなかった。

 

もしかして気分が落ち込んだ原因は便秘?

お腹が重苦しかったからそれに気持ちも連動していた? 

死ぬような気分の落ち込みは便秘から来てたのか?

 

もしそうならやれやれだ。

人騒がせな大便だよ、まったく。