44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。

母の骨折。徒歩1分のセカンドオピニオンと期待について【がん闘病記47】

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2016年の7月下旬ごろに書いたメモをまとめています。

前回の続きで骨折した母さんを病院に連れて行った時のこと。

2つの選択肢と徒歩1分のセカンドオピニオン

2016年7月。

今日はなかなか忙しい1日だった。 

朝、まずは2日前の日曜日に右手首を骨折した母さんを最初に受診した医療センターに連れて行って改めて外科の専門医からの診察を受ける。 

担当医の先生は見た目30代後半くらいの男性の先生。

診察を終えた先生が言うには選択肢は2つ。 

ギプスを巻くだけの治療か。

手術をして骨折した部分に金属の金具を入れて固定するか。

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まずひとつ目、ギプスを巻いて固定しただけで骨がつながるのを待つ治療なら全治まで約8週間。

この治療法の場合、骨折時に骨が少しずれているのでギプスが取れた後でも手首を動かしたときに痛みを伴うなどの障害が残る可能性があるとのこと。

 

そしてもうひとつの選択肢である外科的手術をして骨折した部分に金属の金具を入れて固定する方法では手術後2週間でギプスは取れるが、そのあと10日ほどリハビリが必要らしい。

金具を入れる手術は全身麻酔で行うそうなので70歳を過ぎている母が全身麻酔での手術に耐えられるのかを聞いたところ、身体への負担は特に心配するほどでもないそうだ。

そして手術して治療が終わった後で固定した金属を取り出す必要はないとのこと。

 

そしてどちらを選択するにしても後々痛みが残る可能性は高いらしい。

担当医の先生は分かりやすく明るい口調で説明してくれてよく理解できた。

話の感じからして単なる骨折ではない、難しい折れかたをしていることもなんとなく分かった。

そして先生から

「どちらの治療法を希望されますか?」

と聞かれたが、その場で決断はせずに

「ちょっと考えさせてください」

とだけ言ってその日は帰ることにした。

 

事前にセカンドオピニオンを受けていた

治療方針をその場で決めずに帰ったのには理由があった。

どんな理由かと言うと実は自宅の斜め前、徒歩1分以内のところに昔からやっている整形外科医院があり、前日の午後、仕事から帰ってすぐにそこの先生のところに事前に相談に行っていたのだった。

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本来なら母さんが骨折した時すぐにそこの整形外科医院で見てもらいたかったのだけど、骨折した時が日曜日の夕方ということでタイミングが悪かった。

家からさきほどの医療センターまでは車で30分ほどかかるが、そこの整形外科まで行くには徒歩で1分もかからない。

それどころか大きい施設である医療センターの受付カウンターから外科病棟の診察室まで歩いて行く距離よりも近い。

 

母さんの希望としてはやはり家から近いその整形外科医院で診てもらいたいと言う。

そしてそこは開業して40年以上ものキャリアがあるベテランだし周囲の評判もいい。

なので前日からすでにそちらで治療ができるように画策していた。

弟の仕事を手伝った後、午後からは母さんを連れてその近くの整形外科に行った。

 

相談に行った時間、たまたま院長先生の手が空いていたのでレントゲンを取って診てもらった結果、先生なら手術はしないそうだ。

先生が手で上手いこと押し込んでずれている骨をもとに戻したのちにギプスで固定する方法をとるとのこと。(整復というらしい)

先生の腕がいいのは近所でも評判なので、僕も母も先生のその意見に賛成することにした。

と、ここまでが近所の整形外科医院に行ってきた前日までの話。

近くの整形外科で治療をすることに決めたのなら再び医療センターまでわざわざ行く必要も無いのかな?とも思ったけど一応予約もしたし、もしかしたら医療センターでの治療プランの方がいいと思うかもしれないので午前中は医療センターに行くことにしておいた。

 

骨を繋げる匠の技

医療センターから戻ってすぐ、近くの整形外科に行く。

一応医療センターの治療方針の話は聞いてきたけどやはりこちらの整形外科で治療してもらいたい旨を伝えた。

ならば早い方がいいということで、さっそく骨折してずれている骨を整える「整復」という処置をすることになった。

別に手術室に入るわけでもなく診察室のベッドで痛み止めの部分麻酔をして、ずれた骨を先生が手で押して整えるそうなのだが(整復)、これがことのほかうまくいったらしい。

処置を受けた母さんの話によると

「やっぱり長年の勘だろうね、あの先生触っただけで分かるみたいよ」

なんてことを言っていた。

処置前のレントゲンを見ると素人目にも分かるほど手首の骨が割れてずれているのが、処置後のレントゲンではきれいにつながっている。

さすがこの道40年以上のベテラン、匠の技だ。

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先生も自分がした処置にとても満足したようで、整復したあとのレントゲン写真を医療センターの外科医師にもっていって見せてあげてくださいと、しきりに言っていた。

でもまあそれもちょっとどうかと思うのでやめておいたけど。

餅は餅屋だなと痛感する

処置後のギプスの固定の仕方も完璧のようで見た目にもしっかりと固定されている。

ギプスは大体5週間ほどで取れるらしい。

ギプスを取ったあとも程度の差はあるにせよ、それほど後遺症として痛みは残らないだろうということだった。

そして医療センターの方には電話で事情を説明して近くの整形外科で治療しますと伝えた。 

やっぱり餅は餅屋というかプロは違うなと改めて思い知らされた出来事だった。

母さんにしてみればこの選択は大正解で病院も近いし処置も完璧だし言うことない。

苦しみの中で喜びを見いだせる出来事だった。

しばらくは右手をギプスで固定しているので不自由な生活が続くだろうけど、それも1ヵ月ちょっとのことだからそれくらいは辛抱しないといけないし、僕もなるべくサポートするようにしようと思う。

それにしてもなんとかなってよかったよかった。

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責めないということと期待について

今回の骨折で僕は母さんをいっさい責めなかった。

ただ、「痛くない?」、「大丈夫?」と聞くだけ。

そんなことは当たり前だと思われるかもしれないが、我が家ではこのようなケースの場合、「病気(風邪など)をしたり怪我をした人間は責められる」という文化が根付いていた。

「どうしてそんなに不注意なんだ!」

「もっと気を付けろ!」

「なんでそんなことになるんだ!」

そんな言葉が当たり前のように病人やケガ人に浴びせられる。

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まるで石つぶてを投げられ追い回される罪人のような扱いを受ける。

言う方も責め立てることによって再発を防止しようという思惑からのことで、決して当人が憎いわけでも何でもない。

でもそれだけじゃなかった。

責め立てる理由のもうひとつとして「期待」ということが大きく関係しているのではないかと僕は気付いた。 

期待とは

人は知らず知らずのうちに他者に対して期待をしている。

ポジティブなベクトル(方向)であれ、ネガティブなことを否定、軽減するベクトルであれ多かれ少なかれ期待をしている。

もう少し平たく言うと

「いいことが起きて欲しい、起きると良いな」

「悪いことが起こらないで欲しい、起こらなければ良いな」

といった期待。

 

たとえばポジティブなベクトルの期待は

  • 自分に利益になるようなことが起こればいいな
  • 私のことを好きになってくれないかな
  • 言うことを聞いてくれないかな
  • やさしくしてくれないかな

などといった期待。ほかにもたくさんあると思う。

対してネガティブことを否定、軽減するベクトルの期待は

  • 自分に危害を加えないでいてくれないかな
  • 嫌いにならないでいて欲しいな
  • 失望させるようなことはしないで欲しいな
  • 厳しい態度はとらないでいてくれないかな

など、他にもそれぞれたくさんの「期待」というものを知らず知らずのうちにしている。

でも期待はおうおうにして裏切られることが多い。(もちろん裏切られないこともある)

裏切られた期待の先には「失望」がある。

そして失望の先には悲しみや「怒り」がある。

こう考えるとたいていの怒りの理由は「期待」というものがその根源にあると言える。

自分の中のルールが破られると怒りの感情が出る

たとえば道でタバコのポイ捨てする人を見て怒りがこみ上げてきたとする。

その怒りをたどっていくと

「道でタバコのポイ捨てはしないというルールをすべての人が守って欲しいし、それが当然だ」という期待があり、それが裏切られ失望した先に怒りがある。

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たとえば混み合う店内でレジ係のアルバイトの仕事が遅くて長い行列ができてイライラする。

そのイライラをたどっていくと

「アルバイトといえども手際よくスピーディに仕事をこなしてお客を待たせないはずだ」という期待があり、それが裏切られ失望した先にイライラがある。

 

待ち合わせに遅れてきた友人に対する怒りは「時間通りに来て当然だ」という期待。

購入した商品が不良品だったときに感じるイライラは「正規の品質の商品を販売しているはずだ」という期待。

不遜な態度を取られたときの不満は「自分はもっと丁重に扱われるべきだ、敬われる存在のはずだ」という期待。

事例をあげれば枚挙にいとまがないがこのようにして期待→失望→怒りという一連の流れが存在する。

 

責める根底には怒りがある

話を我が家の「病気をしたり怪我をした人間は責められる」という文化に戻す。

文化をしきたりと言い変えてもいい。

責めるという行為の中にはある程度の怒りの感情も含まれている。

なぜ怒りの感情があるのか?

その怒りをたどっていくとやはり「期待」というものにたどり着く。

どいういう期待かというと家族に対して

「怪我をするようなうかつな行動はしないでいてくれるはずだ」という期待、

「病気(風邪など)になるような生活習慣や生活態度(寒い時期に薄着でいたりすること)はしないはずだ」という期待がある。

その期待が裏切られ、失望した先に怒りの感情がある。イライラする。

その感情にまかせて怪我や病気をした人間を責め立てるようになる。 

期待は手放したほうがいい 

でも、責め立てたところで何にもならないことに僕は気付いた。

病気や怪我は100%自分の意思でコントロールできるものでもない。こういった不測の事態はいくら気をつけていてもある日突然斜め後ろの死角から不意にやってくるようなものだ。

大腸がんを患った身としてはこのことは身に染みて分かる。

 

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そして他者に対しての期待はなるべくするべきじゃないとも思う。(完全に手放すのは難しいけど)

期待をするから失望し、その失望が怒りに変る。

自分で勝手に期待しておいて、それが叶わなければ「なぜ期待に応えないのか」と勝手に腹を立てる。

ずいぶん身勝手な言い分だとも思う。

だからこの病人やけが人を責めるという文化は意味をなさない。

こういった理由から僕はこの家に代々伝わるこの文化を引き継がないことにした。

そして何かに対して怒りや不満を感じたとき「もしかして期待していたのかな?」と自分を振り返ってみれば怒りの感情が多少は和らいでいく。

 

父が遺してくれたもの

これは父からの影響でもある。

今年の初めに事故で急逝した僕の父は我が家にはびこっていた沢山のこのような悪習というかしきたりというか良くない文化を父さんの代で終わりにしてくれたことを僕は知っている。

「悪習、良くない文化」というものは親から子へ、またその子らへと知らず知らずのうちに受け継がれていくもの。

 

たとえばよくある例として、ヒステリーやかんしゃくを起こして子供に手をあげる、暴力をふるう自分の親を見て

「こんな親には絶対にならない」

と固く誓っても、自分が親になったときに同じようなことを我が子にしていた。というのはよく聞く話。

父さんは

「自分の父親を愛せない文化」、

「いつまでも父親のポジションから降りない文化」、

その他にもたくさんの我が家に伝わる「悪習、良くない文化」を僕たち息子・娘に引き継がせることなく自分の代で終わらせてくれた。

そんな父さんを見習って僕もひとつづつ良くない文化を終わらせていこうと思う。

 

不肖な息子なんで父さんほどたくさんはできないけどその辺はがんばっていくのでどうか許して欲しいと思うよ。

 

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