44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。

抗がん剤の副作用でフラフラだけど、生きて歳を越せたどー!2019年元旦のこと

この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2019年の1月上旬に書いたメモをまとめています。

2019年元旦。新年泣き笑い

2019年元旦。

アバスチン抗がん剤投薬後から4日経過

なんとか新しい年を迎えることができた。

午前10時ごろ、のそのそと起きあがってすでに起きていた母に新年のあいさつをする。

あけましておめでとうございます。とありきたりな新年のあいさつをしながら母はなぜだか涙ぐんでいた。

「なんで泣いてるのよ(笑」

と、たずねると。

「あんたがあんまりつらそうだから(笑」

と、母は泣いているのをごまかすように半分笑いながら答えていた。

母にはただただ心配のかけどおしで申し訳なく思う。

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体調の方はどうなのかと言うと、期待したほど復調はしていない。巨大な岩を動かすように数ミリづつじりじりとは良くなっているようだ。吐き気の方はおさまってきたが、今度は下痢が酷い。6日前に入院してから水分補給はするものの、ほとんどたいした食事もしていないのにまだ何か便として排出するものがあるとは不思議なものだ。

 

ためしに午後3時ごろ、おでんの大根をひとつ食べてみる。一応30分経過した現在、下痢にはなっていない。なんとか腹におさまっているようだ。その後、夜になっても下痢の症状は出ずなんとか腹におさまっているようだ。

さみしい新年会

そして今日は元旦なので夜には弟一家が新年のあいさつに来てくれた。

我が家では新年に親戚皆であつまって自宅で夕食を食べるということが習わしになっている。

母と弟一家みんながごちそうを食べている中、僕はまたおでんの大根をひとつだけ食べる。ちょっと体調が回復してきたといって、ここで調子に乗って普通に食べてまた下痢にでもなったら元も子もない。せっかくのお正月にごちそうが食べられない寂しさもあるが、これは自分で選択したこと。

「苦しみをなるべく回避するための最善な選択なんだ」

と、自分に言い聞かせおでんの大根をみんなと一緒にゆっくりと食べて過ごした。

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新年の集まりも年々さみしくなっている

先ほども述べたが、我が家では毎年元旦には新年のあいさつがてら親戚みんなが集まってみんなで夕食を食べるという習わしがあった。

大広間にテーブルをいくつもくっつけて、みんなでワイワイと楽しくご飯を食べるというもの。

毎年来ていたのはタカおじさん(母の弟)やおばさん(父の妹)とその息子二人にその嫁ひとりと弟一家と妹一家と大賑わいだった。

それが今年は弟一家だけになってしまった。

それもそのはず、近年では父も亡くなりタカおじさんも亡くなり親戚はどんどん減っていって、おまけに妹夫婦は先月旦那の急な転勤で急きょ岡山県まで引っ越すことになり、今はまだ引越しの荷ほどきも終わってないという状況。

妹の小さな息子と娘に会うのを楽しみにしていたおばさん(父の妹)は

「えーさっちゃんたち来ないの?じゃあ、寒いから行くのやめとこうかしら」

と、今回は不参加に。

そういうわけで今年はいつになく寂しい正月になってしまった。

でもこれも仕方ないことだ。

「家族」という集団形態も膨張と収縮を繰り返すものなんじゃないかな?と最近思うようになった。

結婚し、子供が生まれ家族は増えるが、年月が経つにつれ祖父や祖母は亡くなり子供らは親元を離れていく。

まるで潮の満ち引きのように、呼吸するように「家族」も膨張と収縮を繰り返すものなんじゃないかなと。

だから縮んでいくのは仕方のないことだ。

さみしいけど。

「膨張する」という選択をしてこなかった僕はそれを受け入れるべきなんだ。

 

さわやかなことをしていきたい

2019年1月2日。

アバスチン抗がん剤投薬後から5日経過

体調はどうかと言うと昨日よりは多少良くはなっている。

良くなっていると言ってもわずかなものでミリ単位でじわじわと回復に向かっている感じだ。

午前11時ごろ、吐き気もだいぶおさまってきたので試しにプロテイン少量と豆乳とMTCオイルをコップ一杯分混ぜたものを飲んでみる。

30分後に下痢になったので、まだ少し早かったのかもしれない。

下痢の症状はそれほどひどいものではなく、何度もトイレに出たり入ったりを繰り返すほどではなかった。

もし昨晩普通の食事をとっていればひどい下痢に悩まされていたのかもしれない。

慎重に行動しないと。

抗がん剤の投薬での入院中から退院後5日目の今日にかけてほとんど寝たきりだたので、少しでも身体を動かそうと近くの自然公園にウォーキングに出かける。

ちょっと寒くはあるがやっぱり自然の中を歩くのは気持ちがいい。

さわやかだ。

この「さわやか」というワードは大事だ。

僕はこれからなるべくこの「さわやか」なことを選択していこうと思う。

これは精神的にも肉体的にもプラスになるはずだ。

心配してくれる友人

散歩を終えると高校のときからの友人キシダ君(仮名)から僕の体調を心配して電話がかかってきた。

多分正月休みでおとそ気分というかお酒も入っているのだろう。

酔いも回っているのか半べそをかきながら僕のことを心配してくれる友人に対して

「大丈夫だから」

「俺はね、まだ生きることをあきらめてないから」

「これからは生きていくための選択を精いっぱいしていくつもりだから」

と告げ、その後は他愛もない世間話をして電話を切った。

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こうして僕のことを心配して連絡をくれる友人はとてもありがたい存在だ。

実際に彼に電話で今の自分の気持ちというか決意のようなものを声に出して言うことはに僕にとって意味があったと思う。

声に出して宣言すること。

それだけでそれが現実の方に向かっていってくれる気がするから。

その未来とつながれる気がするから。

聞いてくれてありがとうね。

賭けに出る 

夜、体調も良さそうなのでここで一つ勝負に出てみることにする。

夕食を食べてみようと思う。

とはいえなるべく消化吸収がいいようにブランパンをひとつ輪切りにしてコンソメスープに浸してからオーブントースターで焼いてパンがゆ風にして食べてみようと思う。

そしてもう一品、白菜とカリフラワーと鶏肉を和風だしで煮込んだ野菜スープ。

これは母が作ってくれた。

各素材よく煮込まれているのでとても柔らかい。

食べ始めたのは午後7時。

これらをよく噛んでゆっくりと食べた。

午後10時を過ぎた今でも下痢の症状は出ていないので、どうやらうまく胃におさまってくれたようだ。

ということは抗がん剤投薬後から5日ほど経過しないと僕の場合はまともに食事ができないということが分かった。

まあ、逆に考えれば5日ほど耐えきればそれ以降は普通にご飯が食べらるかもしれないという希望が出てきたということでもある。

抗がん剤と付き合っていくという選択

僕は選択することができる。

抗がん剤の投薬から5日以上やり過ごしてご飯を食べるという選択をしてもいいし、投薬後すぐにご飯を食べてもいい。

僕はなるべく抗がん剤の副作用による下痢や嘔吐で苦しみたくないから「抗がん剤の副作用から回復してから食事をする」という選択をしてきた。

どん詰まりの人生に思えたけど、僕にはまだ選択の余地がある。

 

生きるために、うまく抗がん剤と向き合うためにこういった選択をする。

なにを選択するか、その自由はまだ僕には残されている。

「自分で選ぶ」ということは人生を投げ出さないでいるために大事なことなのかもしれない