44歳の僕がステージ4の大腸がんと診断されて

2016年大腸がん発覚。手術後、腹膜への転移が確認されステージⅣだと告知される。その後半年間に及ぶベクティビックス抗がん剤治療を受ける。2018年12月がん再発。アバスチン抗がん剤治療を受ける。

にぎやかな平成最後の夜とさわやかな令和最初の朝

にぎやかな平成最後の夜とさわやかな令和最初の朝

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この記事ではヨシノ (id:yo_kmr)が2019年の4月下旬から5月上旬にかけて書いたメモをまとめています。平成から令和への時代の移り変わりは、がん患者である僕にとっては感慨深いものがありました。

にぎやかで笑いに包まれた平成最後の夜

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2019年4月30日。

岡山県に住む妹夫婦がゴールデンウイークで長めの休みが取れたということで、昨日の夜から子供らを連れてうちに泊まり込みで遊びに来ている。ゴールデンウイーク中はうちに泊まってのんびりしたい、というところが妹の本音なのだろう。

今までうちでは僕と母の二人きりだったが、妹夫婦に3才の甥のハル君と1才の姪のさくちゃんがやってきて、家の中が一気ににぎやかになった。

特に甥のハル君は、ひさしぶりのおばあちゃん家とあってテンションマックスではしゃぎまくりの笑いまくりでとても楽しそう。

ハル君のかわいい笑顔につられてみんなが笑っている。

今日は平成最後の日。

この大きな節目の日にたくさんの笑顔につつまれて過ごせることは、とても幸せなことだと思う。

このみんなの「笑顔」と「笑い」は人生における最大限の幸せの源泉になりえるものだと今は感じている。人生において仕事やお金、健康や人間関係など様々な問題はあるけれど、なにはともあれ笑顔と笑いに包まれていれば、幸せな気持ちになれるんじゃないかと思っている。

ハル君、君は笑顔の天才だ。君の笑顔に触れるだけで、がんという病気のために暗く沈んでいた僕の心がたくさんの銀の小鈴を転がしたように軽やかでにぎやかになっていく。

こうして笑いに包まれながら平成最後の夜は更けていった。

これまで平成の終わり間際にさまざまな有名人・著名人の訃報を聞くたびに

「もう少しで平成も終わりだというのに…僕も同じようになるかもしれない…」

と、不安になっていたものだが、もうじき平成は終わりを告げ、令和になる。

僕は平成時代の最初から最後までを生き抜くことができた。ありがとう平成。

がん患者だけど令和時代を迎えることができた

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2019年5月1日。

今日から令和時代の幕開けだ。

今こうして新しい時代を生きることができて、とてもうれしい。

思い起こせば2016年の6月。ステージⅣの大腸がんだと告知されたときは、とてもじゃないけど平成の次の時代を生きることができるなんて思ってもみなかった。でも昭和、平成、令和と3つの時代を生きることができた。

うれしい。とてもうれしい。新しい時代の幕開けの瞬間に立ち会えたことが、とてもうれしい。

人によっては「ただ単に日付が変わっただけ」と言う人もいるだろう。でもそんな日付が変わっただけのことに意味を持つことができることも、また素晴らしいことだと思う。

闘病中の身体にも心地いい5月の風

令和最初の朝、少しだけ散歩に出かける。体調としては抗がん剤の副作用も少し落ち着いてきた。

昨日から降っていた雨は上がり、まだ水滴が残る新緑も目にまぶしく、昇ったばかりの太陽から温められた若草の青い匂いが地面から上がってきて、かすかに鼻孔をくすぐる。

薫風とでも言うのだろうか、爽やかな風がとても心地が良い。

僕はこの季節が1年の中で1番好きだ。新緑が力強く生命力にあふれるこの季節はとても爽やかな気持ちになれる。

こんな爽やかな時間を経験できることはとてもうれしいことで、とてもありがたいことだと思う。

素直に感謝できる。

こういった時間を味わえることは癌という病気を患っている僕にとっては、もうあたりまえではなくなった。だから感謝ができるんだと思う。

ありがとうの反対はあたりまえ

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「ありがとう」の反対は何か?と考えたときに、僕の考えでは「ありがとう」の反対は「あたりまえ」だと思う。

気付かないうちに日常は、あたりまえで埋めつくされている。

「あってあたりまえ」

「やってもらってあたりまえ」

「そこにいてあたりまえ」

「できてあたりまえ」

日常生活のひとつひとつが本来なら特別なもののはずなのに、あたりまえの中にうもれてしまってつい感謝の気持ちを忘れてしまう。

人間なんてほんの数分間呼吸ができないだけで死んでしまう生き物なのに、あたりまえにあって、あたりまえに吸えている空気にすらありがたみを忘れがちになっている。

呼吸器系の病気を患っている人にとって、朝起きて普通に呼吸ができるということはありがたいことだろう。

消化器系の病気を患っている人にとってみれば、普通に食事ができて排泄できるということはありがたいことだろう。

ステージⅣの大腸がんと診断され、がんの再発も見つかった僕は来年の今頃、同じようにこの季節を、この爽やかさを味わえるかどうかは分からない。

僕にとって来年の今頃元気で生きているということは、もうあたりまえのようにはやってはこない。来年の今頃はもしかしたら元気なのかもしれないし、もしかしたらもうこと切れる寸前なのかもしれない。そしてもしかしたらもうこの世界にはいないのかもしれない。

だから今を精一杯生きよう。

味わおう。

見逃さないように漏らさないように、しっかりと心から味わってそして感謝しようと思っている。

あたりまえに転がっているこの日常を。